東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)120号 判決
一 請求原因第一、二、三項の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由の有無について判断する。
(一) 成立に争のない甲第二号証によれば、本件特許発明一ないし本件特許発明二の半導体装置は、原告主張のように、絶縁層を形成するシリコン酸化物の汚染を防止することによつて装置全体が安定化されていることを特徴とする不透過性高安定酸化物被覆型プレイナ半導体装置ないしこのようなプレイナ半導体装置のうちの電界効果型プレイナ半導体装置であつて、上記特徴を発揮させるため、その酸化物の少なくとも選択された部分に接してシリコンの第二層を具える構成のものであることが明らかである。
(二) ところで、原告は、第一引用例の発明には本願発明のような技術思想は開示されていない旨主張するので、以下この点を検討する。
1 成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例は、半導体装置の処理方法についての発明が記載されている特許公報であつて、その発明の詳細な説明欄には、発明の目的として「本発明は……酸化物形成温度をできるだけ低くすること、耐水性等のよい酸化物をつくること……」と記載されていること、このような絶縁層としての酸化物を有する半導体装置の製造法として、「まず、シリコン基板に、あらかじめ酸化珪素膜をつけ、これに鉛を蒸着し、酸素雰囲気中で加熱してシリコン半導体基体表面上に酸化物被膜を形成するか又はシリコン半導体装置表面上に酸化珪素膜を形成し、さらにその上に鉛蒸着をし、その後の酸化を酸素プラスオルガノオキシシランの雰囲気で行い、酸化と同時にシランの熱分解によりできた酸化珪素をも反応させるものである。」と記載されていること、このようにして製造される半導体装置の構造として、シリコン基板及びその上に重ねて形成された一層の膜を表わしている実施例としての図面(第三図)によりつつ、右膜に関しては、「ここで膜は鉛があらかじめ被着していた酸化珪素膜と反応してできた新しい部分を示す。酸化珪素膜と鉛膜境界部分は連続であつて、鉛を蒸着した下地の酸化珪素の膜厚が結果的に増した形となる。」と記載されていること、また、右シリコン基板に関しては、「さらに鉛の存在のために酸化珪素膜の下側のシリコン基体表面が酸化反応を受けるために形成された膜と下地基板との境界面はもはや基体の最初の表面との境界面とは異なり、新らしいシリコンの原子面である。」、シリコン基体表面の「シリコン原子が雰囲気の酸素と鉛、その反応の結果できる酸化鉛の存在のためにその反応を促進され、酸化膜となるもので、その中には鉛原子が含まれている。」と記載されていること、このようにして製造される物が前記発明の目的として掲げられているような作用効果を奏する理由として、「本方法によつてできる酸化物膜が単なる酸化珪素膜ではなく、耐水性等の面ではるかに優れていること………」と記載されていること、このほか、メサ型半導体装置に関する実施例の説明としても、「ダイオード素子に酸化珪素膜を被着させ、その上にさらに鉛膜を蒸着した薄片を酸素の雰囲気中にて七〇〇度C、三〇分間加熱すると、鉛膜と酸化珪素膜は一体となり、さらにダイオード素子のP型シリコン領域及びn型シリコン領域の一部とも反応して酸化物被膜を形成する。」旨記載されていることがそれぞれ認められる。
2 以上認定の事実によれば、(1)第一引用例に記載されている発明は、その発明の目的として記載されているところからも明らかなように、半導体装置における絶縁層としてのシリコン酸化物を保護しようとするのではなく、それ自身で耐水性等のよい酸化物をつくることを目的としているといわなければならないから、このことからだけでも、第一引用例に記載されている発明の方法により製造される半導体装置における絶縁層としての酸化物が、審決の認定するように、酸化珪素とその上に重ねて形成された酸化珪素と鉛とからなる固溶体層との二層構成になつていると理解するには無理があつて、それは、単に酸化珪素と鉛とからできた一層の固溶体層からなる構成のものと解するのが自然である。(2)さらに、同引用例の半導体装置の構造として、その酸化物に関し、「ここで膜は鉛があらかじめ被着していた新しい部分を示す。」と記載され、かつ、実施例としての図面(第三図)にも一層の膜が図示されたうえで「酸化珪素膜と鉛膜境界部分は連続であつて」と記載されているほか、同引用例の半導体装置の奏する作用効果に関する説明として「本方法によつてできる酸化物が単なる酸化珪素膜ではない」と記載されていること、これに加えて、シリコン基板に関し、酸化珪素膜に被着していた鉛は、この酸化珪素膜と反応するだけでなく、雰囲気の酸素と反応して酸化鉛となつたうえ、下側のシリコン基体表面にも酸化反応を起こさせて、そこに酸化膜を形成し、その中に鉛原子を含み、ここに、新たに形成された絶縁層としての酸化膜のシリコン基体との境界面は、もはや基体の最初の表面との境界面と同じでなく、新しいシリコン原子面である旨記載されているほか、前記酸化物に関する説明のところにおいて「鉛を蒸着した下地の酸化珪素の膜厚が結果的に増した形となる。」と記載されていること、メサ型半導体装置に関する実施例についての説明として、「鉛膜と酸化珪素膜は一体となり、さらにダイオード素子のP型シリコン領域及びn型シリコン領域の一部とも反応して酸化物膜を形成する。」と記載されていることからすると、同引用例の半導体装置における絶縁層としての酸化物は、最初のシリコン基体の一部をも酸化膜として取り込むことにより膜厚を増した形の酸化膜であつて、その組成は、酸化膜として取り込まれたシリコン基体部分をも含めて、酸化珪素膜と鉛(雰囲気中の酸素と反応して多くは酸化鉛となつているであろうが、シリコン基体のシリコンによつて還元され、あるいは雰囲気中の酸素と反応できないまま鉛となつているものも含む。以下同じ。)との反応等によつてできた全く新しい鉛と酸化珪素との固溶体ないし鉛を含む酸化珪素であるということができるから、それは、原告主張のように、一層からなる酸化物膜であるといわなければならない。
もつとも、この酸化物中における鉛の分布は、いずれの部分においても一様でないかもしれないが、いずれの部分にも鉛が分布していることは前認定の事実から明らかであるから、この酸化物をもつて一層のものと解する妨げとはならない。
3 右の点に関し、被告は、第一引用例の半導体装置は、シリコン基体上に形成した酸化珪素膜上に鉛膜を蒸着させたうえ、これを酸素雰囲気中で加熱処理してつくるものであつて、そのとき鉛は、酸化珪素膜の表面部分から漸次内部に向つて共溶して行くのであるから、熱処理の温度、時間等のいかんによつては、その酸化膜が酸化珪素と鉛との固溶体層及び酸化珪素の二層の構成になつていることもある旨主張する。しかし、同引用例の半導体装置の酸化物は、さきにも認定したようにシリコン基体の一部をも酸化し、これを酸化膜として取り込んでいるものであるところ、さきに認定した同引用例の半導体装置の構造中のシリコン基板に関する記載事項によれば、この酸化膜として取り込まれたもとのシリコン基体部分にも鉛原子が含まれていることが明らかであつて、このことは、その部分はもとよりその上に形成されていたもとの酸化珪素膜部分をも含めて、酸化物全体が前認定のように酸化珪素と鉛とからなる一層の固溶体層等で構成されているということを物語るものであつて、被告主張のように、もとの酸化珪素膜の一部にまだ鉛と共溶しない部分が残されていて、同引用例の半導体装置における酸化物が二層の構成になつているようなことは第一引用例から汲み取ることができない。もつとも、第一引用例に記載されている発明の方法の実施としての加熱処理中のことを考えると、酸化珪素膜の一部が鉛と共溶しているものの、他の一部がまだこれと共溶していないような状況にあることも全く想像できないというわけではないが、そこに記載されている発明は加熱処理中の酸化物を得ることを目的としているものでないことはさきに述べたとおりであるから、この点に着目して第一引用例記載の内容と本件特許発明一、二と比較対照するのは相当でない。被告の主張は失当である。
(三) 以上の次第で、第一引用例の半導体装置における酸化物は一層のもので、本願発明におけるような技術思想を開示するものではないというべきである。したがつて、これを前提として本件特許発明一、二を同引用例及び第二引用例に基づき当業者が容易に発明できるものとした審決は違法があるから、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がある。